おいお前ら! 広島の巨人キラー兼「新人王はその後潰れる」ジンクスの体現者、山内泰幸選手が引退です。
たぶん引退試合ぐらいはさせてもらえると思うので、TV中継されたらチェックを薦めます。投げ方が素人目にも分かるほど面白いので。
引退後はコーチを務めるとのこと。ぜひぜひ広島をUFO投法天国にしてやってください。そんでもってみんな肘を壊す、と。
↑↑↑ / ↓↓↓Googleに登録されてました。やったー。
とはいっても、ものすごく限定された検索条件じゃないと見つからないのですが、まあ見つからないよりはいいですよね。
さて、そろそろ「創庫」の看板に偽りありにならないよう何か作らなくては。今までで創作っぽいものって、DIO様の小説かスライムぐらいしかないんだもんなぁ。スライムは創作ですらないような気がするし。さてどうしよ。
↑↑↑ / ↓↓↓時間というのは不思議なもので、早く動けば動くほど進み方がのろくなったりする。地球の自転速度、えーと1600km/hぐらい? ……で動いている地球人(20)と、それよりもっと早い速度で宇宙を航行する宇宙飛行士(20)とじゃ、宇宙飛行士の時間のほうがゆっくり流れてしまう。
このあと旅を終えた宇宙飛行士と普通の地球人が出会ったら、宇宙飛行士(20のまま)のほうが地球人(21になった)より若かったりする。これが俗に言うウラシマ効果って奴だったと思う。
こういう話を見ると考えるのは、いつか宇宙大航海時代みたいなのが始まったときのこと。僕は生きてはないんだろうけど。
宇宙大航海時代なんだから、きっと人類は銀河の方々へ旅立ち、新たな発見に胸をときめかせていることだろう。地球とよく似た星を見つけて、そこへ移住している人も多いかもしれない。一生を旅に費やし、宇宙を駆ける冒険者みたいな人も居るだろう。そんな中、地球で10月3日にものすごい大事件があったとする。ついに「ちきゅうはかいばくだん」の開発に成功したとか、そんなことでいいや。この大発明は当然宇宙の歴史に名を刻むことだろう。で、問題なのはその刻まれる日付はいつになるのかということだ。
地球上なら、時差も最大24時間ですむ。だがこの場合、人類は宇宙中に広がっているのだ。
地球の日付を採用して、「3002年10月3日、ちきゅうはかいばくだんが発明される」と年表に刻まれたとしよう。ところがそのころ時点速度ののろいAという星では、日付はもう3542年かもしれない。亜光速で宇宙を舞う宇宙飛行士にとっては、日付はまだ2888年かもしれない。みんなそれぞれ時間の流れ方が違うのだから、年表だって作れるはずがない。
よくSF物なんかで出てくる「宇宙暦」というものだって、どうやって決められているのか怪しいものだ。よく考えると、地球上ですら時差は最大24時間もあるのだ。「他人と時間を共有する」などということは、ひょっとしたら不可能な事なのかもしれない。今現在が2002年10月3日であるということでさえも、ひょっとしたらすべて幻だったのかもしれない。そしてその時間の中で生きる人間は、幻の中に住まう蜃気楼のように、儚いものなのかもしれないとさえ、僕には思えるのだ。
以上、昨日の日記の日付が、コピペミスから10月1日のままだったことのいいわけでした(もう直しました)。
↑↑↑ / ↓↓↓いいゲームというのは、"喪失"がうまく描かれたゲームだと思う。
描くといってもシナリオ上で人を殺したりするわけではなくて、システム上でプレイヤーが持つ資源を失わせる。そしてその損失を悔しがらせることが、"喪失"がうまく描くという事だ。もちろんその資源は人かもしれない。お金かもしれない。時間かもしれない。
分かりやすい例が、ちょうど僕が今やっているピクミンだ。ピクミンには赤ピクミン、青ピクミンといった資源(生き物だけど資源)があり、そしてそれは失われる。これが喪失。
そしてその喪失を悔しがらせるという事。たとえばFF7でエアリスが死んだ時、衝撃を受けた人は多いだろうが悔しさを感じた人はいないと思う。エアリスはクラウドを助けようとしたかどうしたかで自分から行動して、それによって殺されてしまったわけだからだ。さらにクラウドが窮地に追い込まれたのも、イベントの関係で分裂症気味になっていたからで、つまりすべてキャラクターが勝手にやったこと。プレイヤーに責任は無い。責任が無ければ悔しくはならないだろう。
それに対してピクミンたちは、とても従順にプレイヤーの分身オリマーに従い、全く自己主張をしない。ピクミンたちの行動はすべて、オリマーの指示によって行われる。命令無視がない。だからピクミンが行動し、結果水に落っこちたり食べられたりして死んでしまった場合、その責任はすべて指示をしたオリマー(プレイヤー)にあるということになる。自分のミスで他人が死ぬ。これほど悔しい事は世の中にはそう無いと思う(もちろん経験したわけじゃないけど)。
さらにいうなら、このゲームではオリマーが死ぬ事はほとんど無い。基本的に敵キャラたちは食べ物であるピクミンを狙うし、もし攻撃を受けても10回ぐらいは耐えられるからだ。さらに宇宙船にたどり着けば一瞬で体力を全快できる。一回カメにかまれたら死ぬマリオとは、一見似ててもえらい違いだ。
オリマーが死ににくく作られた事で、なおさら「指示」という行為に集中させられる。指示の重みが増す。オリマーが死ににくく作られた事で、バタバタしんでいくピクミンの儚さが際立つ。オリマーが死ににくく作られた事で、自分は一線を引いていながら、いたいけなピクミンたちに指示を出すだけの無力な人間なのかとプレイヤーに考えさせ、卑怯な事をやってる気分にさせる。これらの設定はすべて、ピクミンが死んだ時の罪悪感を増加させるものだ。罪悪感を感じたくはないので、プレイヤーはピクミンの生存に努力する。努力した分だけ死んだ時に悔しい。めちゃくちゃ悔しい。これが喪失をうまく描いたゲームだ。喪失をうまく描くとゲームに緊張感が出てくる。いいゲームになる。
ここまで来たらピクミンは喪失の悔しさを主眼にしたゲームだといいたくもなる。ていうか言わせろ。
そしてそれは成功した。成功したからこんなに悔しいんだ。手塩に掛けて花にまで育てた黄ピクミン15匹が爆弾岩を持っている状態で、操作ミスからの爆発により全員一挙に死滅した時の悔しさは、ここ数年例を見ないものだった。ていうか高校受験で私立受けて落ちた時より悔しかった。許してくれ、黄ピク。
↑↑↑ / ↓↓↓久々にトライポッドのログインページに行ってみて驚いた。トライポッドユーザーに与えられた12MBまでの容量のうち、6MBもすでに使用していると書かれていたからだ。このサイトを設立して大体半年。それで6MBも使っていては一年で容量がなくなってしまう。ていうかこんな画像数10個以下のサイトが6MBなら、他のところはとっくに容量切れのはず。
不審に思って情況をよく見ると、単に前画像を使ったときのスクリーンショットの減色前のもの(それもbmp形式)を間違えてアップしてしまい、しかも消し忘れていただけだった。
それらをすべて削除してもう一度行ってみると、今度は1.5MB使用中と書かれていた。これは重いのか、少ないのか。
半年で1.5なら単純に8年間はサイトを続けられる計算だ。途方も無い数字。しかしbmp形式のファイルを5個ぐらいアップすれば、すぐに6MB(4年分)埋まってしまうのだ。なんとなく虚しさを感じつつも、それでも僕は画像ばかりで中身の無い12MBよりも、コツコツ8年間文字ばかり打ち続けた12MBを目指したい。おお、今日は上手くまとまった気が。
↑↑↑ / ↓↓↓FFDQ板がすごいことになってます。
スクリプト制御の無差別連続巨大AA投稿でパッと見半分ぐらいのスレが死亡してます。
一応ここでも避難所にリンクしておきます。
しかし、個人の力で板一つ壊せるんですね。2ちゃんねるのような大きいところでも。
怖い世の中だなぁ。
↑↑↑ / ↓↓↓インデックスページや見出しの表示のリニューアル(て言うほど変化ないけど)作業をやっているうちに、間違えて未完成のままアップしてしまいますた。
誰かくる前に完成させて差し替えねばなりません。つまりこんな日記を書いている暇は実のところないのです。えらいこっちゃえらいこっちゃ。
↑↑↑ / ↓↓↓気温が低めで空気が澄んでる分、日差しがきつい。
FFDQ板の惨劇をヲチしているうちに気がついたんですが、ドラクエ5ってモンスターを確実に仲間にする方法があったんですね。Index of/~s-endoさんのところで発見されたらしいです。詳細はそちらの方で。
スーファミとDQ5引っ張り出して再プレイ開始です。結構前に作った冒険の書がまだ生きてまして、息子の名前がサンで娘がドーターという激しく分かりやすいネーミング健在。
とりあえずはぐれメタル三匹つれまわしてうはうはです。はぐりん、もう離さない。
↑↑↑ / ↓↓↓昨日の話ですが、山内康幸投手、引退です。
打者ひとり相手に登板して、三振にとって終わりというごくプレーンな引退試合でしたが、それにしても。
登板前から泣くなよ、山内。直情タイプのいい人なんでしょうけどね。
↑↑↑ / ↓↓↓Crimsonlandというフリーソフトをやっています。
どういうものかというと、化物がうようよいるまっただなかに放り込まれた主人公が最後の一足掻きにと化物を撃ちまくるという、夢も希望もあったものじゃないアクションゲームです。洋ゲーですが、英語が分からなくても何とかなってます。
敵を画面端におびき寄せて、ショットガンで一気に撲滅する楽しさはもうアヒャヒャヒャとか叫びたくなります。こうして人間は壊れていくのです。
↑↑↑ / ↓↓↓ここ最近の眠たさは異常だと思った。春眠暁を覚えずは秋にも当てはまるのか。当てはまるのかも。
眠たいといえば最近夢を見ない。見たのといえば自分が主人公になっているRPGを自分で操作して地上15階くらいはあると思われる塔型のダンジョンの7階ぐらいで力尽きて逃亡した夢ぐらいだ。逃亡て。
ちなみにそれはダンジョン一階にある道具屋で入念かつ綿密に準備を整え、脳内体感時間20分ぐらい休んで体力を回復してからの挑戦での出来事だった。僕は慎重派過ぎだと思う。
他にも、道を歩いていて突如腹痛に苦しむ夢も見たような気がする。よく覚えていないが、それは夢の中なのに痛みを感じたという事なのだろうか。不思議だ。
たぶんまともな夢も同じぐらいの頻度で見ているはず、なんだが、こっちは忘れてしまっているらしい。僕の海馬とか連合記憶野は選択を誤っていると思う。夢をそのまま小説にしてなんとかなったラブクラフトさんを見習って欲しい物だ。
皆さんそれではよい夢を。今、朝だけど。
↑↑↑ / ↓↓↓グーグルで調べたら連合記憶野などというものはないみたいでした。ここでも僕の脳みそは誤っていたわけです。
またマウスカーソルが右に移動できなくなりくさりやがりました。とりあえず勢いよくマウスを滑らす事で誤魔化しているんですが、さすがにアクションゲームではその影響は激しく、化物に噛み殺されて死にました。
↑↑↑ / ↓↓↓森博嗣だったと思うが、「1時間はなぜ60分なのか。100分のほうが」とか「1日を20時間に」とか、そういう現在の時刻の形態に疑問を抱くような説を、どこかで読んだ覚えがある。
その時僕が抱いた感想は、やっぱり1日は24時間がいいし、1時間は60分が一番だ。というものだった。
何故1日は12時間区切りか。基本的な数1,2,3,4,6の倍数で、不思議な数108の約数。とても便利がいいからだ。これは10進数の方が綺麗だとかそういう問題より大きなメリットだ。よって1日は24時間が(・∀・)イイ!
このような感想がとっさに出てくるぐらい、僕は現在の時刻の形態を愛している。時間が何よりも大事なものであると信じ、その時間を分かりやすく数えてくれる時刻に、僕は感謝する。そんな僕が、昨日の日付は20日なのに間違えて19日のままにしてしまうなんてミスをするはずがない。しかもそれに今さっき気付き慌てて直して過去ログに追いやったりなどはしていない。してないったらしてない。
↑↑↑ / ↓↓↓ネットサーフィンのお供として僕の廃人・引きこもり化に協力してくれている心強いブラウザ、Operaが動かなくなってしまいました。
正確に言うと、3秒間ほどだけ正常に動いた後、システムエラーが出て動作が止まってしまうのです。さすがに3秒でネットサーフィンは無理。
とりあえず一回アンインストールしてまたインストールしてみたら、正常に動くようにはなってくれました。が、3か月分ぐらいの閲覧履歴がすべてパー。いつも履歴の機能を利用してあちこち見て回っていた僕にとっては、あまりにも痛い被害です。
特に2ちゃんねるの閲覧。スレをブックマークせずに既読色リンクのみをたよりに見て回っていたのに、全部未読の色に戻ってしまいました。2ちゃんねるトップへ行って板トップへ飛びスレッド一覧から検索していつものスレを探し出す。これを全スレ分やり直さなければならないとなると、そりゃ鬱にもなります。
なら2chをやめればいいだろうって? ……そうかも。
↑↑↑ / ↓↓↓テキストサイトというのは一種異様で、管理人のほとんどが2ちゃんねらーという世界です。
いや、管理人が2ちゃんねらーというだけならニュースサイトとか、そういう速報性の必要なところはほとんどそうでしょう。ではテキストサイトの何が異様かというと、管理人が2ちゃんねらーであることを隠そうとしないサイトが多い、というところが異様なのです。
普通は自分が2ちゃんねらーであることを進んで告白する事など、まずありません。なぜかというと、多くは自分の安全のためです。「2ちゃんねらーは受け入れられない」といった反応をする場所って、結構ありますから。ではなぜテキストサイト界ではそれをして安全なのか。それは周囲のサイト管理人がみな2ちゃんねらーで、しかもそのことを隠そうとしていないからです。話が戻ってしまいました。
鶏が先か卵が先かは分かりませんが、とにかくテキストサイト界隈では2ちゃんねらーであることを隠そうとしない管理人が多く、よって2ちゃんねらーを受け容れやすい空気になっているために2ちゃんねらーであることを隠そうとしない管理人が増えます。インフレです。これはもう歯止めが効かないでしょう。これからも多くのサイトではキターやゴルァのAAが使われ続け、それがさらに2ちゃんねらーを呼び寄せ、非2ちゃんねらーから見るとますます近寄りがたい雰囲気になっていくでしょう。テキストサイト関係のスレで大手のアクセス独り占めが話題となる事がまれにありますが、そうなるのはむしろ当然です。異様な世界であるテキストサイト界隈を初心者がヘタに歩くのは危険。とりあえず安定感のある大手サイトに人が集まるのは、ごく当然のことなのです。ああ、なんと異様な世界。テキストサイト界隈は異様だ。僕は果たして、こんな(=゚ω゚)ノぃょぅ な世界でやっていけるのだろうか? こんな(=゚ω゚)ノぃょぅ な……。
……やっていけそうですね。
↑↑↑ / ↓↓↓つい最近まで日記の更新は昼から夕方に行われていたのですが、ここ3日ぐらいは深夜12時過ぎぐらいへと変更されています。
それで気付いたのですが、昼と夜ではやはり夜の方が文章が浮かびやすいようです。ただ、文章が浮かびやすく、早く書ける分、推敲が不十分で、独りよがりな文章になりやすいようです。この一文を見てみてもどうも句読点が多すぎるような気がしますし。
文章はいつ書けばもっとも読みやすいものになるのか。昼と夜との間を取って午後9時ぐらいですかね。
……意外にもあっさり結論が出てしまったので、いまいち余韻を残せずに終了(これが推敲不足)。
↑↑↑ / ↓↓↓ここ最近、コピペミスから日記の日付を間違えることが多かった僕は、もうこんな事のないように、細心の注意を常に払ってきたのです。
だから! まさか上部のタイトルの日付が未だに2002年9月のままだったなんて、そんな事はあるはずがありません。こっそり10月に直しておいたなんて、そんな!
↑↑↑ / ↓↓↓いつものデザインがなんか気に入らなくなったので、ひとまず変えてみました。微妙に2ちゃんねる風。
一応IEとOperaで確認しているけど、古いページとかは上手く見えないかもです。
↑↑↑ / ↓↓↓また昼寝してたら(略)
風邪引きモードです。一日でティッシュを1箱半消費してしまいました。しかも寝坊+昼寝で時間的にハンデのある中での新記録です。ハンデを乗り越えて記録に挑む姿と言うのは人の感動を誘うものですよね。
↑↑↑ / ↓↓↓……ぐふっ(死)
……だけで終わるのもあれなので何か書きます。ええと、「……ぐふっ」というのは多分ご存知のようにRPG、特にドラクエとかでの断末魔の定番なんですが、実際にそんな声をあげて死ぬ人はいないと思います。これはそのキャラクターが死ぬ事を文字とドット絵だけで表現するのは難しいので、「『……ぐふっ』と言ったら死ぬんだよ」という決まりを作ってプレーヤーに分かりやすくしようとした結果です。漫画で、何か思いついた人が上目遣いで手のひらに握りこぶしを打ちつけて、その頭上に電球が浮かぶような表現と同じです。ゲーム表現のお約束ですね。
最近のRPGでは「ぐふっ」とか言って死ぬような人は見られませんが、これはキャラクターに動作をさせるのが楽になった(スペック的にも手間的にも)ので、「手がピクピク動いてやがて止まる」のような動きで断末魔を表す事が可能になったからです。視覚的に表せばRPGのお約束が分からない初心者の人にも親切ですし、いまや死に際に「ぐふっ」とか言い出すこと自体が牧歌調で、感動を呼びにくいということもあるからかもしれません。
しかし、世の中には様式美と言うものもあるのです。うん。リアルな表現の方がキャラが点滅して消え去るよりもインパクトはありますが、その代わりにいつまでも頭に残るのは伝統的お約束表現のほうです。新しさを追求するのもいいけれど、お約束を軽視してはいけないのではないかと、至極当たり前の結論を導き出したところで、今日の日記終了。また寝込みます。
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