いわゆる「ちょっといい話」を狙ってみたものの、成功したかどうかは微妙。
「では私はもう行くが、この町はいつでもグレートサイヤマンが見守っている! 今度悪事を働けば容赦はしないぞ! さらばだ!」 スピード違反の青年に向かってそう叫ぶと、悟飯は勢いよく飛び上がり、道路脇のビルに向かって飛んでいった。
しばらくしてビルから降りてきた悟飯は、俺に向かって「待たせてすいません」と謝った。
「いや、別にいいんだが……。お前いつもああいうことやってるのか?」 ああいうことというのは、スピード違反の注意だった。 それは別にいいのだが、何故注意の際にわざわざ変身しなければいけないのかわからない。
「ええ」 「あの格好で?」 ブルマが作ったという、暑苦しそうなコスチュームを思い浮かべながら俺は聞いた。
「はい、なかなかカッコいいでしょ」 「カッコいい……のか?」
俺が首をかしげた時、「悟飯」と呼ぶ声が反対側の道路から聞こえてきた。 見ると野球のユニフォームを着た若者の集団が歩いている。先頭の金髪の青年が声を掛けたようだった。
「シャプナー! ……すいません、ちょっと行ってきます」 「ああ」
悟飯は道路を渡っていった。俺はすることがなくその場で待っている。 「あのおじさん、誰だよ」という声が聞こえてきた。シャプナーという若者が尋ねたのだろう。 悟飯がなんと答えたのかはわからなかった。 「おじさん……、か」
俺はつぶやいた。
考えてみると、俺ももう40代なのだった。
体力も落ちてきた。 カッコいいというグレートサイヤマンのセンスも、俺には理解できない。 よく年より若いといわれるが、やはりもう若くはないのだと思う。
もうこの先、たいしたことはできないだろう。そしてこれまでも、俺は何ひとつ成し遂げられずに来た。 悟飯にはまだ先がある。悟空には過去の大きな功績がある。そのどちらも、俺にはもう望めそうにない。
そう考えるとなんだか力が抜けてきた。ここ最近、ずっとこうなのだ。
悟飯が突然野球観戦に誘ってきたのも、そんな俺の状態を見抜いているからだろう。 おそらくプーアルの差し金か。俺を元気付けようとしてくれているのだ。
しかし実際には、俺は出かける前よりも疲れてきているようだった。 プーアルには申し訳ないが、仕方がない。
悟飯が駆け足で戻ってきた。 「すいません、たびたび待たせてしまって」 「いや、ちょっと休憩しようかと考えていたところだ」
俺はちらっとシャプナーたちの方を見やった。 「これから見に行く野球の試合ってのは、彼らがやるのか?」 「はい、僕の高校の野球チームです。でも相手は凄いですよ。タイタンズっていうプロのチームです。練習試合とかで」 「タイタンズ、ねえ。強豪だな」 「そうらしいですね。それなのに直前で監督が辞めてしまって」 「へぇ。彼らには悪いが、ワンサイドゲームになりそうだ」
俺はシャプナーたちの方を見やった。 練習試合とはいえ、プロとの対決。監督不在の逆境。 しかし悟飯と話している時の声は明るかった。なかなか余裕がある。
俺はそのまま視線をそらし、あたりを見回した。 もう試合会場が近い。人が多くなってきた。 ダフ屋やテキ屋の姿も見られる。この試合はそれなりに大きなイベントらしい。
何か違和感を感じた。 人ごみに異質なものを見たような気がする。ゆっくりと視線を元に戻す。 焼き物の屋台のすぐ横に、さっきの交通違反の青年が、悟飯に向けて銃を構えていた。 「悟飯!」
俺が叫ぶと同時に、銃から弾丸が飛び出した。
一瞬迷った。悟飯ほどの実力なら銃などどうということもない。 しかし性格上、彼は普段は気を人並み以下にまで抑えているかもしれない。それならダメージを受けかねない。 俺は決断した。悟飯が気を抑えているにしてもそうでないにしても、攻撃を受けない方がいいに決まっている。
左手で悟飯を突き飛ばし、右肩で銃弾を受けた。 そして青年に向かって飛びかかろうとしたが、足がもつれて転んでしまった。 「ヤムチャさん!」 「へ……へへ……。お前が悪いんだ。お前が正義面してでしゃばるからこうなったんだ」
青年はもう一度銃の引き金に手をかけた。 「言ったはずだな……。今度悪事を働けば容赦はしないと」
悟飯は気を高める。青年の銃が再び火を噴いた。
続けて飛んでくる数発の弾丸を、悟飯はすべて片手で受け止めた。 受け止めてしまったというべきだろう。悟飯の身体がぐらりとゆれ、地面に倒れこんだ。 「バカめ! 俺がお前みたいな強い奴に何の工夫もしないとでも思ったか! そっちのお友だちが転んだのを見て何も気付かなかったのか?」
青年は勝ち誇ったように笑った。 「麻酔銃だよ! 俺はこう見えても優秀なハンターでな。ここの西に珍しい恐竜が現れたってんで生け捕りに来たんだ。お前がくだらないスピード違反とかで邪魔していなきゃ、今頃俺はヒーローだったんだ!」
優秀なハンターならこんな行動は取らないだろう。眉唾ものだと思った。 俺はそう言ってやろうとしたが、麻酔は完全に回ってしまったらしく唇さえ動かない。
青年はまだ飽き足らないらしく、気絶した悟飯を踏みつけ始めた。 それを見て小太りの中年が駆けつけてくる。 「ぼ、坊ちゃん! なんてことを!」
小太りは青ざめた顔で青年に言った。知り合いらしい。 「おお、お前か! また適当にごまかしておいてくれ」 「ごまかすって……、こんなに人が多くちゃ無理ですよ!」 「半年前の時も何とかなっただろ。やれ!」 「あれは私がごまかしたわけじゃないですし……」
なにやらもめている。 半年前といえば魔人ブウ騒ぎだが、 そういえば騒ぎに便乗して好き放題していたろくでなしがいたと、ピッコロから聞いたことがある。 どう考えても極悪人だと思うが、生き返っていたのか。ポルンガも甘いところがある。
しかしもめているのは幸いだ。 俺が受けた麻酔の量は悟飯より少ない。左手の感覚が戻り始めていた。
左手だけ戻ってもどうしようもない……普通なら。
しかし俺には操気弾がある。左手から操気弾を放ち、それを操ってこの青年を打ち倒すことができる。 左手に気を溜めた。しかしここにいたって俺はまた迷い始めていた。
操気弾はまがりなりにも俺の必殺技だ。最大限に手加減したとしても、一般人には大ダメージだろう。 死にはしないと思う。しかし、足を狙ったとして、二度と歩けなくなるぐらいはありうるかもしれない。
俺は深く考え込んでいた。しかしそのせいで注意力を失っていたらしい。 「こいつ、今動いたぞ……」
青年が言い、もう一度銃を構えた。 「坊ちゃん! こ、これ以上は……」 「うるさい! お前はこいつらの強さをしらんだろう! 気絶させておかないと安心できん!」
青年は引き金に指をかけた。同時に俺は操気弾を繰り出す覚悟を固めていた。 おそらくこれは俺の最後の戦闘となるのだろう。俺らしくちっぽけな相手だ。 そんな脈絡のないことを考えながら、俺は操気弾を繰り出した。
しかし操気弾を飛ばすより前に、青年の腕から銃が飛んでいた。 弾ではなく銃が飛んだのだ。野球のボールが青年の手に当たったのだと気付くのに少しかかった。 「今だ!」
鋭い叫び声とともに、ユニフォームの一団が青年と小太りの男に向かって飛び掛っていった。 多勢に無勢で、男たちはすぐに取り押さえられた。 「大丈夫ですか」
シャプナーが俺を抱え起こしてくれた。冷たそうな外見の男だが態度は親切だ。
悟飯を見ると、こちらはサタンの娘さんに介抱されていた。 あっちの方がいいと思ったが、そういう場合でもない。
「ありがとう」
俺は言った。麻酔は切れてきたらしく、普通に喋ることが出来た。 「すまないな。大事な試合の前だというのに、危険なことをさせてしまった」
それも、俺がしっかりしていれば軽く逃れられる危険だったのだ。俺は本気で引退を考え出した。 「いえ、どうってことありません。試合よりあなたたちの方が大事ですから」
友人の悟飯が大事なのはわかるが、俺はどうして大事なのだろう。 首をかしげるとシャプナーは言った。 「そもそも今俺たちが野球をしているのは、ヤムチャさんのおかげなのです。 昔見たタイタンズの試合に憧れて、俺たちは野球をはじめたんだ」
俺は驚いて息を呑んだ。確かに昔、俺はバイトで野球の試合に出たことがある。 しかしまさかそれで野球をはじめる人がいるとは。ファンでさえいないだろうと思っていたのだ。 「お礼をしないとな」
そういうと俺は何をすべきか考えた。すぐに名案が浮かんだ。 「お前たちのチーム、監督がいないんだろ? 俺に代わりをさせてくれないか?」
今まで何もできずに生きてきたと思っていたが、そうではなかった。
悟空ほどではなくても、俺にも功績といえるようなものがあったのだ。
それならこれから先のことも、諦めるのはまだ早いのではないか。
試してみる価値はあると思った。