「本題から言うが、俺が夜食べようと思って取っておいたプリンが、誰かに盗まれた」
荒野のど真ん中にある一軒家の客間。ヤムチャが客全員を集めて言った。
「ここは見ての通りヘンピな場所だから、外部犯の可能性はまったくない。 俺のプリンを盗った邪知暴虐傍若無人極悪非道な窃盗犯は、このメンバーの中の誰かということになる」
ヤムチャはそういうと、にらみを聞かせて訪れていた客たちを見回した。
孫悟空、悟飯、チチ、ベジータ、ブルマ、トランクス、クリリン、18号、天津飯、チャオズ、ランチ、亀仙人、ウーロン、ピッコロの計14人の客、そしてプーアルがヤムチャを見返す。
ヤムチャはその視線に圧倒されて目をそらすと、ごほんと咳払いをした。
「つまり、えーと、あれだ。これから全員で話し合って、俺のプリンを盗った奴を突き止めようと思う」
「あんた……、まだやる気なの? いいじゃないプリンぐらいどうだって」
ブルマがうんざりした顔で言う。すでにヤムチャは30分ほどの間プリンを捜して大騒ぎをしており、それでも見つからなかったのでこうして全員を集めたのだった。
「いや、むしろさっさと終わらせてしまおう。こいつは何を言っても諦めそうにない」
ピッコロが言い、ヤムチャはわが意を得たりといった調子でうなずいた。
「よし、じゃあまず問題を整理するぞ。ことの発端は、俺が日頃の感謝の気持ちを込めてみんなを料理パーティに招いたことだった」
「そんなことはここの全員がわかっているだろうが! 俺たちはそのパーティに呼ばれてきたんだ!」
ベジータが突然怒鳴る。
彼の堪忍袋の緒は、すでに2,3本は切れていた。
「ま、まあ、こういうときは最初から考え直した方がいいんだ。急がば回れというじゃないか。
……ええと、俺は丹精こめて料理を作り、みんなを待っていた。料理は玄関の横にある厨房に並べていて、そこには一緒にプリンも置いてあった。厨房をチラッと見るだけで、プリンがあることは誰にでもわかるような状態だ」
「つまりヤムチャのセキュリティ意識が甘かったんじゃないか?」
ウーロンが言ったが、無視された。ヤムチャの説明は続く。
「パーティに一番最初にきたのは、意外なことにベジータだった。俺とプーアルは玄関まで出てベジータを出迎えた。すぐにブルマたちも来るというので、俺とプーアルはそのまま玄関に待機していた。ベジータの言ったとおり、ブルマとトランクスはすぐに飛空挺に乗ってやってきた。ふたりを客間まで案内すると、すでにそこにはベジータとピッコロが座っていた」
「ミスター・ポポに、魔法の絨毯で直接客間に送ってもらったのだ」
ピッコロが補足説明をした。
「そして俺たちがしばらく客間で話をしていると、玄関がノックされた。やってきたのは天津飯、チャオズ、ランチさんの3人だ。3人を客間に案内して、10分ぐらい雑談をしていると、またノックがあった。俺が玄関に向かおうとすると、天津飯も何故かついてきた。何故かと尋ねると、トイレだと答えた」
「ちなみに小の方だ」
天津飯が聞かれてもいない補足説明をした。
「天津飯にトイレの位置を教え、俺は玄関に向かった。ドアの前にいたのはクリリン、18号、武天老師様、ウーロンの4人だ。客間に向かおうとするとちょうどその時、悟空、悟飯、チチさんの3人が瞬間移動で現れた。これで招集した客が全員揃ったことになる。
いよいよ俺が真心込めて作った舌平目のワイン蒸しフライパン山風味の出番だ」
「なんというか、魚をブドウ酒で蒸したような味がしたな」
悟空が言う。
「当たり前だ。
えーと、料理は完成していたが、食前に軽く温める必要があった。それで俺が温める役を受け持って、プーアルとブルマ、チチさん、ランチさん、18号の5人に給仕役を依頼した。5人とも最初は手伝ってくれたが、ランチさんが料理にふってあった胡椒のせいで性格が変わってしまい、俺に『客に給仕をやらせるとはどういう了見だ? ホストはてめえだ、てめえが給仕をやれ!』と命令した。そして結局俺一人で料理を温める作業と配る作業を両方やることになった。
しかもあとでベジータに料理の準備が遅いと怒られた」
「料理の選択ミスだな」
ウーロンが言ったが、無視された。
「さて、いよいよパーティ本番だ。舌平目のワイン蒸しフライパン山風味は『クズにしては上出来だろう』『うめえうめえ、腹減ってるからなんでもうめえ』『俺は水しか飲まないんだ』などと大好評をもらった。そして食事が終了し、後片付けを一人でやっていたその時、俺は気付いた。プリンが、プリンが消えてなくなっていたんだ!いや、もっと前から消えていたのかもしれないが、とにかく気付いたのはその時だ。
俺は慌ててみんなにプリンのことを尋ねたが誰も覚えがない様子だった。『正直に言わないと狼牙風風拳が牙をむくぜ』と言ったが鼻で笑われただけだった。そこで俺は最後の手段に出たんだ」
「頼れる師匠の出番となったわけじゃな」
亀仙人がここぞとばかりに言った。
「そう、俺は武天老師様に頼み、読心術で一人一人記憶を読み取ってもらおうとしたんだ。俺、プーアル、悟空、悟飯、チチさん、ランチさん、ウーロンにはプリンを盗んだ記憶はなかった。
そして次に18号に向かおうとしたら、突然殴られた」
「当たり前だ。人の心を勝手に覗き見するもんじゃないよ。それもプリンなんかのために」
18号が言った。この意見はもっともだったので、その場の何人かは深くうなずいた。
「そういうわけで読心術は中止になった。俺はそれからも必死でプリンを捜索したが、まったく見つからなかった。そこでこうやって全員を集めることになったわけだ。
さあ、みんなで謎を解いてみよう」
「あの、ヤムチャさん、真面目な質問なんスけど……、そこまでプリンが大切ですか?」
クリリンが聞いた。
「ああ。プリンは俺にとって、格闘家としての名誉の次に重たい存在だ」
ここで「意外と軽いんじゃないか……」と考えた者は、15人に及んだ。
「それじゃ、犯人を捜してみましょうか……」
悟飯が気乗りしない様子で言った。
「ええと、誰にも見つからずにプリンを盗むためには、当然一人になった時間がなければなりません。つまりここに一番最初にきて、客間で一人の時間があったベジータさん、一度トイレに立った天津飯さん、それとずっと家にいたプーアルさんの3人が、犯行が可能です。
そしてプーアルさんは武天老師様の読心術をクリアしているので、犯人ではありません。つまり犯人はベジータさんと天津飯さんのどちらかです」
全員の視線がベジータと天津飯に集まった。天津飯が慌てて弁明する。
「ま、待て。俺がトイレに立ったときは、ちょうどヤムチャも一緒に席を立ったじゃないか」
「俺はあの時、クリリンたちを迎えるために玄関に向かったんだ。ずっと一緒だったわけじゃない。こっそりプリンを盗むぐらいの時間は充分にあった」
ヤムチャが天津飯の言い訳を否定した。
「そうか、お前だったのか天津飯……。プリンの恨みは恐ろしいぞ、狼牙風ふ……」
「待て」
天津飯に飛び掛ろうとしたヤムチャの足元を、チャオズがすくった。転んだヤムチャの首筋をひっつかみ、顔をベジータの方に捻じ曲げる。グキっという鈍い音がした。
「あいつの可能性もある」
「そうだな。天津飯だけ疑ってベジータを疑わないわけにもいくまい」
ピッコロがチャオズに同意する。
「で、どうなんだ、ベジータ。お前は何か言うことはないか?」
ベジータが引きつったような笑いを浮かべた。
「何か言うこと、だと? ……あるとも。ああ、あるさ。俺は今日のトレーニングメニューの半分を切り上げて、このくだらないパーティに参加してやったんだ。ブルマの顔を立ててな。それが、どうだ! こんな低次元な揉め事に付き合わされたあげく、人より早く来たのが理由で犯人扱いとはな。俺はもう限界だ。こんなことに付き合ってられるか!」
「誰もがそう思っている」
ピッコロが深い同情をこめてうなずいた。
「だからこそ早くおわらせなければならんのだ。プリンが盗まれたことに心当たりはあるか?」
「ああ、犯人の心当たりがあるぜ。犯人はピッコロ、第三者面したむかつくナメック星人の貴様だ!」
「何?」
ピッコロが細い目を見開いた。ベジータは得意げに説明する。
「プリンを盗み出すためには、一人になった時間がなければならないと悟飯は言った。だから最初にここにきた俺に疑惑がかかっているわけだが……、貴様も厨房で一人になることは出来る。客間に現れる以前に、ミスター・ポポとかいう真っ黒いやつの絨毯で直接厨房に出ればいい。そしてプリンを盗ってミスター・ポポに預けたあと、何食わぬ顔で今度は客間に瞬間移動したんだ。プリンが厨房にあることは、事前に天界からこの家を覗き見して調べておけばわかることだ」
ピッコロはムッとした表情でベジータに反論する。
「俺は水しか飲まないんだ。そしてその説は俺だけではなく、ミスター・ポポへの侮辱になる。間違っていた場合、覚悟はできてるんだろうな……?」
「何の覚悟だ?」
「もちろん、死ぬ覚悟だ!」
ピッコロが家の中だというのに着ていたマントを、勢いよく脱ぎさった。
「あ、あのさぁ」
場の雰囲気が険悪になったのを見かねて、クリリンがのんびりした口調で口を挟んだ。
「さっきから一人になった時間がある人が犯人だって話になってるけど、プリンを盗むなんてそんなに手間がかかることじゃないし、一人になっていなくてもいけるんじゃないかと思うんだ。一旦厨房に入っちまえばさ」
「でも、厨房に入るまでが大変なんじゃねえかな。オラたちは気を感じられるし」
悟空が上手く合いの手を入れる。
「うん、だけど堂々と入ることが出来た人たちもいるじゃないか。えーと、俺のカミさんとか、ランチさん、ブルマさん、チチさん……」
「なるほど! 俺は料理を温めるのにかかりきりで、給仕をやってくれた人たちのことを注意していなかった。チチさんとランチさんは武天老師様のおかげで除外されるから、ブルマと18号のどっちかが犯人か!」
チャオズにやられた首の痛みからやっと立ち直ったヤムチャが言った。
「間違えるな。私とブルマは容疑者に加わったってだけだ。ベジータとかピッコロが犯人の可能性もまだある」
18号が冷たく言った。
「そ、そうだったな。で、結局俺のプリンを盗んだのは誰だ?」
「ピッコロだ」
ベジータがすぐさま言った。
「ベジータだろう。そうでもなければこんな態度をとるだろうか」
ピッコロがやり返す。
「わかりゃしないわよ、お二人さん」
ブルマがやる気のない口調で言った。
「大体ね、プリンを盗むことが出来る人、つまり犯人の条件が、一人になった時間があったり、人の目を盗む余裕があったりする人だって時点で、この事件解決しないわよ。絶対に証拠があげられないっていうか、証拠があがらない人が容疑者って感じじゃない、この状況。どんなにうまいこと犯人を絞り込んでも、最後の最後で否認されたらおしまいなわけよ」
「そ、そんな! 俺はてっきりお前が解決してくれるもんだと思ってたのに、そんな否定的なことを言わなくても!」
このメンバーで最も探偵役向きの人物だったブルマに解決を否定され、ヤムチャは悲痛な叫び声をあげた。
「そんなこと言ったってさあ……。ヤムチャ、やっぱり諦めた方がいいって。プリンはまたいつでも買えるじゃない」
「この家からプリンが買える町まで行くのに、200キロは距離があるんだ……」
「あんたぐらい体力があれば200キロなんてあっという間でしょ」
「あのー、ちょっといいですか」
プーアルがヤムチャの肩を叩いた。
「犯人がわかっちゃった気がするんですけど……」
「犯人がわかっただって?」
ヤムチャがオウム返しにプーアルに尋ねた。
「あまり自信はないですけど」
「自信がないのも当然だろう」
ベジータが皮肉な口調で言った。
「さっきブルマが言ったように、うまく犯人を絞り込んだとしても、証拠がない以上否定されたらおしまいだ。プーアルだったか? お前がどんなに名推理をしたとしても、ただ容疑者が一人増えるだけに終わるだろうぜ」
「そこなんですよ」
プーアルが口を挟んだ。
「否定されたらおしまいだってところ、その通りではあるんですけど、でも少しひっかかるんです。話は殺人だとか大金が盗まれたとかじゃなくて、単なるプリンですよ。ヤムチャさんがプリン探しをはじめた時点で、『ごめん食べちゃったよ』とか言い出したとしても、そんなにたいしたことになるとは思えません」
「プリンは俺にとって格闘家としての名誉の次に重たい」
ヤムチャが思い詰めた表情で言った。
「ヤムチャはそう言っているが?」
ピッコロがプーアルに尋ねる。
「はい。でももしヤムチャさんが大人気なく本気で怒ったとしても、ここにいる皆さんはほとんどがヤムチャさんより強いですから、簡単に騒ぎはおさまるはずです。実際さっき天津飯さんに襲いかかろうとしたときも、すぐに止められてました」
「つまり、そもそも犯行を認めてもたいしたことにはならないんだから、犯人はなんでそれをしないのかってことね」
ブルマが興味を持った様子で言った。
「はい。そしてこのことを考えると、今まで疑われた人たちは逆に犯人とは思えなくなります。容疑を認めることがたいしたことにはならない以上、わざわざしらばくれて話が長引くよりも正直に話して早く帰りたいと考えるはずだからです。それをしないのは犯人ではないから。
つまり天津飯さん、ベジータさん、ピッコロさん、18号さん、ブルマさんは、プリン窃盗犯ではありません!」
プーアルのこの推理を聞いて、天津飯がほうっと息をつき、ベジータとピッコロは微妙に視線を絡ませた。
ブルマは煙草に火をつけ、18号は微動だにしなかった。
「でもよ、そもそもその連中は実際にプリンを盗むことができた連中のすべてだぜ。そういう、なんていうか心理的な理由で容疑を外しちまっていいのか?容疑者がいなくなっちまったけど」
ウーロンがプーアルに尋ねる。
「いや、待てよ。今まで疑われてた人が犯人じゃないってことは、逆に疑われてなかった人が怪しいってことだよな。俺たちは最初から、悟空たち読心術でシロと出たメンバーを容疑者から外しちまってた。これが間違っていたんじゃ……。武天老師様が誰かを庇っているとか」
クリリンが思い付きを口にした。
「あるいは、じじい自らが犯人だった、とかな……」
ベジータがクリリンの案を補足する。
「庇うというのはないと思います。プリンが盗まれるなんてたいしたことない、という話を思い出してください。わざわざ庇ったりするほどのことじゃないんです。むしろ年長者の立場から、犯行を明かして謝罪させる方向で考えるんじゃないでしょうか。つまり武天老師様が心を読んだ、僕、悟空さん、悟飯くん、チチさん、ランチさん、ウーロンも、やはり犯人ではありません」
プーアルが朗々とした口調で言った。
「おいおい、それじゃ本当に容疑者がいなくなってしまうんじゃないか?」
ウーロンが慌てて言った。
「えーと、残ったのは、俺、クリリンさん、チャオズさん、武天老師様の4人しかいない」
トランクスが指を折って数える。
「そうですね。でもウーロンが言ったように、その4人の中にはプリンを盗み出すチャンスがあった人はいなかったように思います。つまり、トランクスくん、クリリンさん、チャオズさん、武天老師様も、やっぱり犯人ではないのです」
「それじゃ、いったい犯人は誰なんだか……?」
チチが視線を宙にさまよわせた。
「外部犯、とかでしょうか」
悟飯が言う。
「前にも言ったが、俺の家は人っ子一人通らない寂しい場所にある。泥棒なんていないだろうし、いたとしても目立つから俺たちの中の誰かが気を感じるはずだ」
ヤムチャが悟飯の考えを否定した。
「ええ、犯人はヤムチャさんが招集したメンバーの中の一人です。この中で一度も疑われていない人が、まだ一人だけ残っています。みんなその人のことを忘れてしまっていたし、その人も自分で気付いていません。でも犯人かと尋ねれば、本当のことを話してくれるでしょう。
では、ちょっと失礼……」
プーアルはネコジャラシに変化して、ランチの鼻の頭をくすぐった。甲高いくしゃみとともに、ランチの髪の色が金から青に変わる。
きょろきょろと周りを見回す彼女に、プーアルは質問した。
「ランチさん、プリンの行方を知りませんか?」
ランチはすぐに答えた。
「え? はい、今持ってますけど……」
「プリンプリンプリン! 俺が今夜食べようと思ってずっと楽しみにしてたプリンだー!」
ヤムチャはそう叫ぶと、ものすごいスピードでランチが鞄から取り出したプリンを奪い取った。
「え、これヤムチャさんのものだったんですか? あらー」
「なるほど。犯人はもう一人のランチさんじゃったのか」
亀仙人が納得の表情で言った。
「そうです。ランチさんは給仕する時、厨房に料理と一緒においてあったプリンを見て、メニューの一部だと勘違いして持っていってしまったんです。くしゃみで性格が変わったランチさんは自分が何をしていたか覚えていないから、武天老師様の術でもそれはわからなかった」
「でも、なんでプリンだけ自分で持っておいたんだ? 普通に机に置いておけば、プリンがなくなったなんて騒ぎにもならなかったのに」
天津飯が疑問を発した。
「ええ……、お土産にしようと思って」
ランチがそれに答える。
「お土産?」
「あの、今度のパーティ、ウミガメさんは参加されてないみたいでしょう? それで、せめてプリンだけでも食べてもらおうと、あとで亀仙人さんに渡すつもりでしまっておいたんです」
「どうじゃ、ヤムチャ?」
亀仙人がヤムチャに聞いた。
「この理由を知ったうえで、それでもやはりプリンを取り戻すか? わしなら気前よくウミガメにくれてやるがのう」
「このプリンは格闘家としての名誉の次に大切なものです」
ヤムチャはきっぱりと言い切った。
「なんとまあ……。大人気ない」
ブルマが肩をすくめて見せる。
「それじゃ、こういうのはどうでしょうか」
プーアルが小さな目を細めて言った。
「ちょうど今日はパーティだったので、食材はまだまだ豊富に用意してあります。これからみんなでプリンを作りましょう。そうすればヤムチャさんもウミガメさんもプリンの味が楽しめるし、今度のことで余計な時間をとったほかの皆さんも、お口直しが出来ることと思います」