天津飯がやられてから2週間ほど経ったが、ヤムチャの行方は依然分からないままだった。
正面から戦おうとせず、逃げ回り、隠れてやり過ごそうとする。 ヤムチャはかつての人造人間やセルと同様、悟空たちが最も苦手とするタイプの敵だった。
以前のヘタレイメージと今の用心深さのギャップもまた、悟空たちにとってはやりにくかった。
手がかりがつかめない悟空たちは仕方なく、 パンプット・ナムら格闘家を連続して殺した犯人がヤムチャであることを、警察や一般市民に公開した。
記者会見で「犯人は私が捕まえる!」と豪語したサタンを信頼したのか、 狙われているのが高い戦闘能力を持つ者だけなので安心しているのか、 ピッコロ大魔王やセル・ブウの時のように世界中がパニックになることは無くて済んだ (いい加減皆地球の危機に慣れてきたのかもしれない)。
警察でもヤムチャ逮捕はサタンに任せる方針にした様子で、逮捕しようとして返り討ちに遇うような者はいなかった。
しかしこれで、ヤムチャは望んでいた世間の評価を手に入れた。
もう誰も、彼のことを「プッ」と嘲笑するものはいないだろう。
事態は完全に、ヤムチャのペースで展開していた。
そしてエイジ784年5月25日、鶴仙人が自宅で死亡しているところを、警官に発見された。
死因は栄養失調で、現場には「樂」の紙が残されていた。
このニュースを聞いて、悟空たちはついに痺れを切らした。
バラバラで行動することの危険を顧みず、再び下界に降りて直接ヤムチャを捜すことにしたのだ。
天津飯の事件以来、バラバラでの行動をかなり警戒していたピッコロも、 相次ぐ事件を止めるにはこの方法しかないと決意した。というより、決断せざるを得なかった。
事態はやはり完全に、ヤムチャのペースで展開していた。
「ブラぁ、ちょっと来てー」
研究室からのブルマの声に、ブラは飲んでいたコーヒーを置いて部屋から出た。
「なに?」
「お使いに行ってきて欲しいの。私今手が離せないから」
といってブルマはカプセルを2,3個手渡した。
「トランクスの着替えとみんなの分の戦闘服。ちょっと神様の……、"故"神様の神殿に届けてきて。カリン塔を目印にしてうーんと上に昇ったところにあるから」
「お父さんの分はないの?」
「あいつはどうせ、孫君たちと一緒になんか居ないわよ。じきお金なり食べ物なりが不足して帰ってくるだろうから、そのときに渡しましょ」
「ふーん。ま、いいか。行ってくるね」
「頼んだわよ。あとでお小遣いあげるから」
ブラは飛空挺のカプセルを取り出すと、裏庭へ向かった。
西の都の中心部にあるカプセルコーポレーションだが、 裏にはバーベキューが出来るほどの広い庭を持っていて、訪れる人を驚かせる (もっとも、その後屋内で放し飼いされている恐竜や得体の知れない重力室などを見てさらに驚かれるのだが)。
この庭のお陰で都会のど真ん中でありながら、ある程度静かに生活できるのだが、
――この日は、静か過ぎるような気がした。
鳥の声が聞こえないせいだった。今は春で、鳥の声はむしろ増えてくるはずの季節なのに。
鳥だけではない。昆虫も小動物も、すべての生き物の気配が完全になくなっている。
背筋が冷たくなるのを感じて、ブラは我にかえった。
なんだか分からないがこんなところでモタモタしていられない。 早いところ神様の神殿とやらに行って、お使いを済ませてしまおう。
風が吹いた。ブラはカプセルを投げる。
そのカプセルを、風がさらった。
いや、風ではない。
ユンザビット高地中央部の岩場。
チャオズは全身を緊張させていた。
突然すぐ近くに、地球上ではありえないほど強大な気を感じたからだ。
ヤムチャの気だとすぐに分かった。 そして、ヤムチャが突然気を隠すのを止めた理由も、やはりすぐに分かった。
自分を殺し、吸収するつもりに決まっている。
ヤムチャがゆっくりと、目の前の岩場に現れた。
「よう」
普段と変わらない調子の挨拶だった。
「ユンザビットくんだりで会うなんて奇遇だな。オレを捜しに来たのか?」
「天さんのカタキ! お前なんかやっつけてやる!」
「いきなりご挨拶だな」
ヤムチャは不敵に笑った。
「安心しろよ。すぐに天津飯に会わせてやる」
「会うのはお前だ!」
チャオズは限界まで気を高めた。
「あの世で天さんに謝れ! 僕があの世へ送ってやる!」
「やってみろよ」
チャオズは気を集中させ、両手をヤムチャに向けて掲げた。
激痛を感じさせる超能力。 戦闘力差があっても、まだ本気を出していないヤムチャになら通じるはずだった。
しかしヤムチャは不敵に笑っていた。今までと全く変わらない表情だった。そして微動だにしなかった。
チャオズが目の前のヤムチャが残像である事に気付くのとほぼ同時に、 後ろからヤムチャの手が伸び、チャオズの後頭部を掴んでいた。
「残像拳。最初から超能力の効果範囲には入らないことに決めていた」
後ろのヤムチャが言った。目の前のヤムチャの残像はまだ、微動だにせず笑っている。
「悪いけどいただくぞ。お前の力と、超能力を」
チャオズの体から力が抜けて行く。
そして目の前のヤムチャの残像が消えるのと同時に、チャオズの意識も途絶えた。
「桃白白もすでに吸収した。……鶴仙流の滅亡、か」
ヤムチャは一瞬だけ寂しそうな顔を見せると、すぐに気配を消して飛び立った。
その飛び去る姿を、天界でピッコロの千里眼が捉えた。
すぐさま叫ぶ。
「ユンザビットだ! ヤムチャがそこに居る!」
天界にいた戦士たち――孫悟空、孫悟天、ピッコロ、 トランクス、ブウ、ウーブ、クリリンの7名は瞬間移動によって、 それから30秒も経たないうちにユンザビットにたどり着いた。
チャオズの遺体はすぐに見つかったが、ヤムチャの姿はすでに消えている。
「いいか。ヤムチャは気配を消しているから素早い飛行は出来ない。まだこのあたりに隠れているはずだ。オレたちはまだ奴より強いが、今のあいつは実力以上の戦いが出来る。油断せずに、見つけたらまず仲間に合図をしろ」
ピッコロが全員に指示を出した。
「それからクリリン。残念ながらお前だけはヤムチャより能力が下だ……。チャオズの遺体を、天界かカメハウスにでも運んでやってくれ」
「あ、ああそりゃかまわないっスけど、このままじゃ……。何か包んでやれるもの、ないかな」
「ボクが母から冷凍保存用のカプセルを預かってます。使わないで済めばよかったんですけど……」
トランクスが胸ポケットからカプセルを取り出した。
「サンキュ。……このカプセル、オレがピッコロ大魔王の部下にやられたときに入れられてたやつなんだよな。チャオズがこいつに入るのは、二回目になるわけか……」
クリリンは棺桶の中にチャオズを入れた。
「じゃ、頑張ってくれよな。もうカプセルは無いんだから、死なれちゃ困るぜ」
クリリンが飛び立つのを見送り、戦士たちもそれぞれ散らばった。
最初の地点から北西側に向かっていた孫悟空は、森を突き抜けて切り立った崖までたどり着いた。 ユンザビット高地の端にまで来たのだ。
少し遅れて、西側に向かっていたピッコロが同じように森を突き抜けてきた。
「見つけたか?」
ピッコロが悟空の元へ飛んできて、聞いた。
「台地の中央から放射状に散らばって捜したんだから逃げ道は無いはず。今ごろ東側へ向かった連中が見つけているか、もしくは……」
ピッコロは視線を下へやった。
「この崖を降りたか、ってことか」
悟空も下を見た。崖の下には背の低い木々が集まり大森林となっており、崖自身にも洞窟がいくつか入口を開いている。
「そうなると隠れ場所は多そうだし、厄介だな〜。……誰かが合図も出来ずにやられちまったなんてことは、ねぇよな?」
悟空が聞く。
「ああ。今のヤムチャがいくら強くなったにしても、オレたちを倒すまでには至っていないはずだ。このオレや悟天にトランクス……、ブウ、ウーブ、そして孫、貴様……。全員、最低でも超サイヤ人レベルの力を持っている。もしヤムチャが何かの方法で上手く倒したにしても、合図の一つぐらいは出せる余裕があるはずだ」
「じゃあ、上手く逃げられちまったってことか。あいつずいぶん用心深くなってんだな〜」
話しているうちに、それぞれの方向へ散らばっていたトランクス、悟天、ブウが集まってきた。
しかしウーブは戻らない。悟空の顔が険しくなった。
「ウーブが、やられたのかもしれない」
「心配しすぎなんじゃないの、お父さん。ウーブは確かここと正反対の南西側に向かったから、集まるのが遅れてるだけだよ」
悟天が気楽に言ったが、悟空の表情は変わらなかった。
「ピッコロ……。ウーブの気を、感じるか?」
「え? あっ……」
ピッコロは神経を集中するため少しうつむいたが、すぐに顔を上げた。
「何ッ! ま、まさか……」
「そのまさか、だ……。ウーブの気を感じねえ。オラのミスだ……」
「し、しかし、そんな……。ウーブは少なくとも、あのフリーザぐらいの力はあったはずだ。ヤムチャの奴がいかに力を上げたにしても、オレたちに全く気付かれずに倒せるはずは……」
「……オラがウーブに教えてやってた修行は、 亀仙人の爺ちゃんがやってたみたいな基礎体力作りのメニューだけだった。 後々それが一番ためになると思ったからなんだが……。実戦の練習はほとんどやらなかった。 あいつは、とんでもねえ力を持ってるだけで、使いこなせてはいなかったんだ。 そんなところがヤムチャにとってみりゃ一番のねらい目だったんだ。 たぶん気を解放することもできないうちに、やられちまったんだろう。 あいつをひとりにするべきじゃなかった……。もうドラゴンボールは使えねえってのに……」
悟空はがっくりと肩を落とした。他の皆も何も言えずにいた。
その沈黙から一番最初に立ち直ったのは、ピッコロだった。
「ウーブを一人にしたのは、確かに貴様のミスかもしれない。 だが、そのウーブが運悪くヤムチャのいる側に向かってしまったのは、あくまで偶然だ」
ピッコロはそう言って一人うなずくと、くるりと身体の向きを変えた。
「そしてヤムチャがウーブを倒してここを抜け出したなら……、奴は南東に向かったってことになる。追うぞ、孫。気落ちするのはまだ早い」
そこから南東へ、30キロほど離れた海上。
気配を消して低空を飛行するヤムチャの前に、立ち塞がるものがいた。
「貴様の悪運もとうとう尽きたようだな……。クズにしては上出来だが」
立ち塞がるものは言った。
ヤムチャは流れる冷や汗を拭って、相手をにらみつけた。
立ち塞がるものは、ベジータだった。
「ひ、久しぶりだな。ベジータ……」
ヤムチャは、自分の声が震えていることを自覚した。
「ああ、貴様が亀仙人のジジイを襲ってから、3週間ぐらい経ったか?」
ベジータは鷹揚にうなずいて見せた。
「今までよく逃げ切ったな。褒めてやろう。誇りに思うがいい……。あの世でな」
ヤムチャはちらっと背後を見た。ベジータは目ざとくそれを見つける。
「カカロットたちが来るのを心配しているのか? 貴様にそんな余裕があるとは思えないが……」
「お前こそ、ずいぶん余裕だな……」
「オレは地球の奴らがどうなろうと知ったことじゃ無いからな。あいつらのようにアタフタしないで済むわけだ」
「なるほど……」
ヤムチャは微笑した。ベジータが意外そうにヤムチャを見る。
「気でも触れたのか? この状況で笑えるとは……」
「楽しいのさ。お前がアタフタするところを想像するのが」
ヤムチャの震えは――武者震いは、すでに収まっていた。
「オレがアタフタする? 貴様相手にか? わからないわけではないだろう。オレと貴様の戦闘力の差は――」
「お前さっき、地球の奴らがどうなろうと知ったことじゃないと言ったな」
ベジータの言葉をさえぎると、ヤムチャはふところから何かを取り出した。
「――家族なら、どうかな?」
ヤムチャが握り締めていた右手を開くと、数本の髪の毛がひらひらと舞った。
その髪の毛の色は、ベジータ以外のベジータ一家に共通する、薄い紫色だった。
「そ、それはブラの……! 貴様ブラに何をした!」
「一瞬で見分けるとはさすがだな」
ヤムチャは落ち着き払って言った。
「さて、何をしたっけな……」
ヤムチャの言葉が終わるか終わらないかの内に、 ベジータの気が数百倍に膨れ上がり、台風のような圧力とともに金色のオーラが吹き出していた。
「超サイヤ人2、……だな?」
「貴様ァ!」
ベジータは小さく気を溜めると、両腕を使ってマシンガンのようにエネルギー波を連射した。
水しぶきが巻き起こり、流れ弾がユンザビットの山々を爆撃する。 森からは細い煙が数本立ち昇り、崖の洞窟は落盤を起こし、大地は少しずつ削られて行く。
ベジータは構わずエネルギー波を撃ち続けた。
最後に両手で、一際大きなエネルギー波をぶつけると、ベジータはようやく息をついた。 荒く息をつきながら水しぶきが退くのを見守る。 しぶきが小粒になり、空中に小さな虹がかかり、ようやく視界が開けた。
ヤムチャは不敵な笑いを浮かべながら、無傷のまま、右手を前に突き出すようにして低空に浮かんでいた。 右手の掌にはあの人造人間たちについていたのとまったく同じ、不思議な突起が突いている。
「ついに手に入れたぞ! サイヤ人の力を!」
ヤムチャは高らかに叫んだ。
その声には、紛れもなくラスボスの威厳のようなものが込められていた。
そしてヤムチャの身体から大量の気が、爆風のような勢いで吹き出してきた。
「し、しまった……! 吸収……!」
ベジータは慌ててヤムチャの気を探った。
「まだだ! まだオレの戦闘力の方が圧倒的にでかい! 勝っている! ――肉弾だ! なぶり殺しにしてやるぞ、ヤムチャ!」
ベジータは再び気を高めると、猛烈な勢いでヤムチャに向かって突進した。
「そう。確かに吸収できたエネルギー量は、お前から見ればたかが知れたものだ……。 オレからすれば、非常に有用なんだがな。とにかく戦えばまだ負ける……。
一旦退かせてもらうぜ! ……太陽拳!」
閃光があたりを包む。逆上していたベジータは反応できず、完全に目がくらんだ。 そして視力を取り戻した時には、ヤムチャの姿も、気配も、完全に消えていた。
「くっそおぉ! 戦闘力をゼロにしたままこうも素早く消えられるはずはない! 海中に潜りやがったな!」
ベジータは上空に飛び上がり、右手に気を集中させた。
「ビッグ・バン・アタック! このあたり一帯ごと一気に吹っ飛ばしてくれる! このオレをコケにした報いだ!」
しかしその手を、横から悟空が強い力で掴んだ。 ベジータの気を目印にして、瞬間移動で飛んできたのだ。
「よせ、ベジータ。また吸収されちまうぞ」
悟空が静かに言った。
「カカロット……」
ベジータの手から力が抜けた。
「ヤムチャが、ブラの髪の毛を持っていた……。あの野郎、今まで武道家以外殺さなかった癖しやがって、戦えない、ブラを……」
カプセルコーポレーションの実験室。ブルマはいまだに、細かい機械作業に没頭していた。
「ただいま」
ブルマの肩を、ブラが叩いた。
「あら、早かったのね。お使いお疲れさま。約束どおりお駄賃上げなきゃね」
ブラは髪の毛が気になるらしく、何度も指でとかしていた。ブルマはそれを見て聞いた。
「あら、髪の毛がどうかしたの? ……ん? ちょっと髪形変わったか?」
「庭に出てすぐ、突風が吹いたと思ったら、髪がすっぱり一房切れちゃってて……。カマイタチって奴かな?」
「カマイタチ、ねぇ……。カマイタチで切れるのは皮膚だけだと思うんけどな」
ブルマは宙を見据えて少し考えていたが、 それより作業を優先しなければならないことを思い出し、思考を中断した。
「まあ、さっきのお小遣い使って美容院にでも行ってきたら? しっかし庭が広すぎるのも考えものよね。こんな都会でカマイタチが起こって、しかも大事な髪の毛まで切れちゃうなんて。ま、怪我がないだけよかったけどさ」
「孫。今のヤムチャの実力は、どれくらいだと思う?」
天界。ユンザビットから引き揚げて一息ついたあと、ピッコロが悟空に尋ねた。
「どうかな〜。あいつなかなか本性を見せないからよくわからねえが、17号を吸収した時のセルぐれえの力はあるような気がする。あのブサイクな奴」
「そうか……。おまけにエネルギー弾は吸収されるし、数多くの強力な技を身につけてしまっている。サイヤ人かこのオレ、あるいはブウぐらいしか、奴を止められる者はいないだろう。今のあいつは野生の狼のように、慎重で鋭敏だ。これまでで最も厄介な相手かも知れん……」
「オレがまずいことをしたとでも言いたいようだな」
ベジータが言う。彼はすでに平静を取り戻していた。
「ああ、ずいぶんまずいことをしでかしてくれたと思っている。貴様のパワーは、奴にとっては格別なご馳走だっただろうからな。おまけに連続エネルギー波も覚えられてしまった可能性が高い」
「まあまあピッコロ。ブラも無事だったみてえだし、もう過ぎたことじゃねえか」
悟空がなだめようとするが、ベジータは無視して言った。
「オレがヤムチャを倒せば問題あるまい。自分の尻ぐらい自分で拭く。せいぜい貴様は、あいつに余計なエネルギーを与えないように用心するんだな」
「ああ、確かにオレがやられることはありうる。あいつはいくらでも強くなるから、最悪誰の手にも負えないほどの戦士になってしまうかも知れん。もしもの時は――」
ピッコロはそういうと言葉を切り、ベジータに近づいてから囁いた。
「フュージョンすることも考えておけ」
ベジータは何か言いたそうにピッコロを見たが、さっきの失敗のこともあって、しぶしぶとだがうなずいた。
「さて、それでは再びヤムチャを捜すことにしよう。今度は昼間に加え、夜の間も捜索するようにしようと思う。 ヤムチャは一匹狼だから、昼も夜も捜索されると対応しきれない。 見つからないまでも、体力が消耗されるはずだ。 そうだな……。孫は夜担当だ。瞬間移動で世界中をカバーしてくれ。 今のうちに家に帰って寝ているように。 それと、クリリン」
クリリンがピッコロを見上げた。
「お前は捜索に参加するな」
「あ、ああ。やっぱりオレも、今の戦いのレベルからみりゃ足手まといだもんな」
「それも理由のひとつだが、それだけではない。 今一番怖いのは、気円斬がヤムチャの手に渡ってしまうことなのだ。 上手く不意をつけば、悟空だろうと倒してしまえる技だからな……。 だからユンザビットでもお前を特別扱いした……。 お前と18号、それとヤムチャに対抗できる奴がもうひとり。三人で天界で留守番していてくれ」
「わ、わかった」
「ベジータ。貴様も気円斬が使えるひとりだが、ここで留守番するか?」
「フン、冗談じゃない」
「だろうな」
戦士たちは、再び天界から飛び立っていった。
そのころヤムチャは、ユンザビットの崖のふもとで、静かに身体を休めていた。
じっと手のひらを見る。そして、握り締めてみる。 やはり今までとは、身体の感覚そのものが違う。相当のパワーアップを果たしているようだ。
ヤムチャはゆっくりと立ち上がり、細々と煙を上げている森の一帯のほうを振り返った。
ベジータの連続エネルギー波の影響で、火がついたのだ。放っておけば山火事にもなりかねない。
ヤムチャは気を解放すると、軽く飛び上がり、右腕をいっぱいに使って宙を扇いだ。 一瞬の後、突風が森を遅い、木々を揺らし、葉が飛び散り、そして火は消し飛んだ。
「素振りでこの威力か。……いける」
ヤムチャは着地すると、今の気を見つけられることを警戒して、再び海から逃げるべく振り返った。すると、
――ヤジロベーと目が合った。
跳躍している。まっすぐこちらへ向かってきている。 右腕を振り上げている。手に何か持っているようだが、見えない。 鞘を見る。刀の柄は収まっていない。つまり右手には刀を持っているらしい。 速い。――避けるのは無理だ。
ヤムチャは左の人差し指に気を集中させると、太刀筋を予想してそこに差し出した。
高い金属音がして、ヤジロベーの刀にひびが入ってへし折れた。うまく刀を受け止められたのだ。
ただし、かつての悟空がトランクス相手にやったようには行かなかったらしい。 人差し指からはじわっと血が滲み出してきた。
「……ヤジロベー。久しぶりだな」
「ご、ごめん! 本気で斬ろうなんて考えてはいなかったんだ! 軽〜いスキンシップのつもりで――」
「いや、どう考えても殺気に満ち溢れていたぞ。なかなかいい不意打ちだった」
ヤムチャが1歩近寄ると、ヤジロベーは慌てて5歩ほど後退した。 2歩近寄ると、今度は10歩離れて行く。
ヤムチャは苦笑した。
「そんなに怖がるなよ」
「わ、悪かった! 見逃してくれ!」
「悪かったって、今、悪者はどう考えてもオレの方だろ。……オレはもうこの場を離れなきゃならないから、追いかけてこなければ殺したりはしない」
「ホ、ホントに?」
「ああ。みてただろうけど、お試しのつもりで気を解放してしまったからな。悟空あたりにかぎつけられると厄介なことになる……。てなわけで、じゃあな」
ヤムチャは軽く手を振ると、ヤジロベーを残して舞空術で飛び立った。
身体がこの突然の超サイヤ人レベルのパワーアップに慣れるまで、少なくとも数日かかりそうだ。 それまで隠れていなければならない。どこかいい場所を探さなければ。 海を越えて、ようやく大陸が見えてきたころ、ヤムチャはふと疑問に思った。
――ヤジロベーは、どうして自分の居場所がわかったのだろう。
「お父さんたち、うまくヤムチャさんを見つけられるかなぁ……」
ユンザビットでのヤムチャとの遭遇から3日ほど経ったある日。悟天が退屈そうに伸びをして、言った。
「どうかな。ピッコロも言ってたけど、今のヤムチャさんは用心深いからな。普通に地球中から一人の人間を探し出すんだって難しいのに」
クリリンが答えた。二人は天界の宮殿で留守番をしている。 背後では18号とマーロンが、ポポから飲み物を貰ってくつろいでいる。 しかし二人は、絶えずヤムチャの気を探り続けていた。
「そうか……。かといって向こうから来るのを持ってたんじゃあ――」
「ああ、下界の格闘家は全滅してしまう。ただでさえウーブがやられちまったってのに、 これ以上殺されちゃあ、将来また地球の危機が起こったときにどうしようもない」
「ユンザビットで倒せておけばなぁ……。ボク、あの時南を捜してたんだ。ウーブは南西だったから、すぐ近くにいた。ヤムチャさんも、多分近くに……」
悟天は考え込むように自分の膝を見つめていたが、すぐに立ち上がった。
「クリリンさん、ボクちょっとトレーニングしてきます」
「ああ、手伝おうか?」
「それじゃ、あとで一緒に組み手お願いします。その辺で準備運動してくるんで」
クリリンと別れ、悟天は宮殿の中央部に向かった。
軽く筋肉をほぐすと、悟天は腕立て伏せを始める。
空気が薄い天界では、単なる腕立てと言えど充分な訓練になる。 それにここ10年ぐらいほとんどトレーニングをしていなかったので、身体がずいぶんなまっていた。
準備運動を一通り終え、少し休憩を入れる。 空を眺める。雲よりもはるかに高い位置にある天界の空は、当然ながら晴れ渡っていた。
立ち上がり、宮殿の建物の方を見ると、クリリンが何か声を上げている。 組み手の誘いかと思ったが、しきりに上を指差している。真剣な表情だ。
上と言っても、天界より高くにものがあるはずもない。悟天は少し首をかしげる。
と、同時に悟った。天界より上空にいる可能性がある者は、誰か。
準備運動に本腰を入れすぎて、気を探るのをやめてしまっていたのは失敗だった。
急いで上を見上げる。と、同時に気を探り始める。 視覚と気配は両方とも、上空から猛スピードで接近してくるヤムチャを捉えた。
両手をクロスして、一直線に落下してくる。
避けようと思ったときには、すでに悟天は吹っ飛ばされていた。
「よお、クリリン」
ヤムチャがいつもと変わらない調子で言った。
「ヤ、ヤムチャさん……」
クリリンが震える声で言った。ヤムチャの足元には穴があいている。 たった今悟天が、宮殿を突き破るほどの勢いで真下に吹っ飛ばされたのだ。
「今の技は、天空、X字拳」
「よく覚えてたな。そうだ。オレがナムから奪った技だ」
「命と、一緒に……」
クリリンはチラッと建物の内部を見た。 ポポ、18号、マーロンの三人を連れて逃げ切ることが、果たして出来るだろうか。
視線を元に戻すと、いつのまにかヤムチャが目の前にいた。
動きは全くつかめなかった。
スピードも桁違いに上がっているようだ。逃げるのは、不可能らしい。
「お? 気を高め始めたな。逃げるのは諦めたか。でもな、戦って勝つのはもっと不可能だぞ」
ヤムチャが明るく言い、気を解放した。クリリンは気の圧力だけで吹っ飛ばされ、宮殿の壁に激突した。
「あまり派手にやるわけにはいかないんでな。悪いがさっさと終わらせてもらう」
ヤムチャは、ゆっくりとこちらに歩いてくる。クリリンは動けなかった。
クリリンだけでなくポポも、 そして気を感じる力の無い18号とマーロンも、金縛りにあったように気圧されていた。
しかし、動かなければならない。
ピッコロたちが言うように、ヤムチャにとって気円斬を持つクリリンは魅力的な目標なはず。 自分をエサにしてヤムチャを上手く誘導すれば、18号たちは助かるかもしれない。
クリリンは立ち上がった。再び、慎重に気を練り始める。
「戦う気か? クリリン、お前もとうとう判断力が鈍ってきたようだな。無謀すぎる」
ヤムチャは、亀仙流の構えを取った。
「手早く終わらせてもらうぞ」
それからヤムチャが飛び掛るよりも"早く"、クリリンは横っ飛びで空中へ回避していた。
これにはさすがのヤムチャも対応が遅れ、一旦動きを止める。
しかし稼げた時間はほんの数秒。18号も、ポポも、逃げるまでには至っていない。 クリリンは、再び突っ込んでくるヤムチャのほうを振り向いた。 太陽拳。もうこれしか対抗手段は無い。 クリリンは額に手をかざそうとする。
しかしその寸前で、ヤムチャの左手がクリリンの右手を叩き落としていた。
「うわああああっ!」
走る痛みに、クリリンは絶叫した。
「惜しかったな」
掌が、クリリンの顔に迫る。
しかし今度は、ヤムチャの右手が突然叩き落とされた。
「チッ……。もう復活してきやがったか」
いつのまにか悟天が、クリリンとヤムチャの間に入ってきていた。
「クリリンさん、手は……?」
悟天が聞いた。質問しながらもヤムチャへの警戒は外さない。
「あ、ああ。折れちまってるみたいだけど、たいしたことは無い」
「宮殿に仙豆があるはずです。食べたら、すぐに逃げてください」
クリリンはうなずき、ヤムチャを避けるように遠回りして宮殿へ向かった。途中で一度振り返る。
「死ぬなよ、悟天」
悟天はゆっくりとうなずいた。
クリリンが行ってしまうと、悟天は静かに気を解放し始めた。 髪が金色となって逆立ち、外見と気が悟空そっくりになる。
「超サイヤ人1、か」
「ヤムチャさん、……いや、ヤムチャ」
「何だ?」
「戦うなら、ボクだけにしろ。クリリンさんや18号さんには、手を出すな」
「そんな約束をして、オレに何の得がある?」
ヤムチャは余裕を見せて笑った。
「だが、まあいいだろう。時間も無いしな。……ここから一番近くにいる、悟飯がこちらに気付いたようだ。ここに到着するまで、あとせいぜい3分」
ヤムチャは亀仙流の構えを取ると、猛スピードで悟天に右の肘打ちを浴びせた。
そして吹っ飛んだ悟天をなおも追いかけるが、 今度は悟天が空中で急ブレーキをかけ、ヤムチャの左手に肘をぶつける。
それでヤムチャの動きが止まり、悟天はなおも攻撃を続けた。 連続攻撃の最後の、渾身の力を込めた右ストレートがヤムチャを貫く。
しかし拳は空を切り、 いつのまにか後ろに回りこんでいたヤムチャの蹴りで、悟天は吹っ飛ばされて宮殿に激突した。
「残像拳……!」
「そうだ。よく知っていたな」
「……お返ししてやる!」
悟天は超高速で動いて姿を消した。
しかしヤムチャは動じずに、素早くあたりを見回すと、突然飛び上がって空中で一回転した。 その回転の頂点で、ヤムチャの右足が悟天の顎を捉える。悟天は再び吹っ飛ばされた。
ヤムチャは悟天を追いかけ、宮殿に降り立った。
「どうやらお前とオレ、パワーはほとんど互角らしい。むしろややお前の方が強いかもしれない。 だが、お前には"技"の要素がまるで足りない。 オレは武天老師様や鶴仙人といった、高いレベルの技術を自分のものにしている。 ……どうやらオレが有利らしいな」
「自分のもの? ……強引に奪い取ったくせに」
悟天は微笑した。できるだけ自信ありげに見えるように注意しながら。
「ヤムチャ。あんたは最初に右手にダメージを受けた。しばらくして、左手。 そしてあんたはこの戦いで、肘と足しか使っていない」
「なるほど。分かるぞお前の考えてることが。 オレはお前の攻撃で手が使えなくなった。 つまり気の吸収も出来なくなったはずだと、そういうことだな?」
悟天は気を集中した。確かに自分の技は少ないが、唯一覚えているこの技には、自信がある。
「か……め……は……め……」
「かめはめ波か。そうだ。お前にはそれしかないはず」
ヤムチャは余裕の表情だ。甘く見ている。多分、これはチャンスだ。
「波ーーー!」
特大のかめはめ波がヤムチャへと向かっていった。威力も、大きさも、悟空の超かめはめ波に匹敵する。 効果範囲も大きいから今の間合いでは避けようがない。
しかしヤムチャは余裕の表情で待ちかまえ、急に形相を変えると凄まじい声で叫んだ。
「かあっ!」
それだけでかめはめ波は、かき消されていた。
クリリンはそれが天津飯の身につけていた技術であることを知っていたが、 悟天は知らず、魔法のようにしか思えなかった。
勝てない、と思った。
そして悟天は戦意を失い、その場に膝をついた。
「さて、と……。悟飯が来るまであと1分。お前らを倒す時間は十分あるな。クリリン、18号、ポポさん」
悟天の気を吸い終わったヤムチャは、クリリンの方へゆっくりと向きを変えた。 クリリンたちは、あまりの戦いの凄まじさに逃げることもできずにいた。 18号がクリリンを庇うように前に出て、戦闘態勢をとる。
「しかし……、まあ、約束は約束だ。じゃあな」
ヤムチャは軽く手を振ると、気配を消して天界から飛び降りていった。 クリリンが慌てて宮殿の端から下界を見下ろしたときには、すでにヤムチャの姿は消えていた。
「来たか。……ヤムチャ」
キングキャッスルの城下町。カプセルショップの前に降り立ったヤムチャに、ピッコロが声を掛けた。
「ピッコロ!? これはまた……、今は会いたくなかったんだがな」
「悟天との戦いで負傷したからか?」
ピッコロは不敵に笑った。
「あ、ああ。腕を2本ともやられちまった」
ヤムチャはお手上げのポーズをしてみせた。
ピッコロは鋭くその様子を観察する。 動きに演技のようなものは感じられない。腕を負傷しているのは間違いないらしい。
「でもピッコロ、どうしてオレの動きが分かったんだ? 気配は完全に消したし、ここまでの行動は誰にも見られてないはずだ。 お前は天界にいなかったから千里眼は使えない。 クリリンやポポさんからの連絡が間に合う時間でもない……」
「貴様と悟天との戦いの気を感じたのが、10分前だ」
ピッコロは説明する。
「オレの判断する限り、貴様と悟天との間に実力差はほとんど無かった。 たとえ勝利したとしても、必ず体力を消耗するなり、傷を負うなりするはずだ……。 傷を負えば、包帯や薬の類が必要になる。町へ買いに行くだろう。 天界から一番近い町はここ、キングキャッスル城下町だ。
そして貴様は一つの町に留まることはできない。……警察にマークされてるからな。 持ち歩きできるカプセル入りの薬品を買って、山にでも身を隠して治療するはずだ。 つまり貴様の現れる場所は、キングキャッスル城下町のカプセルショップとなる」
「見事な推理だ。そうだよな、今のお前は神様と同じだけ、頭が働くんだった」
ヤムチャが拍手するまねをした。実際に拍手できないほど、腕は痛んでいるらしい。
「そんな頭が働くお前が、なんでオレに不意打ちを仕掛けずに、 こうやって世間話をしたり、わざわざ推理を披露してくれてるのか、言ってやろうか……? お前はわざと会話を引き延ばして、救援が来るのを待ってるんだ。 今のオレが、実力がほとんど同じ相手でも何とか倒せちまうってことは悟天戦で証明されたから、 自分ひとりだけで戦うのは危険だと判断したんだろう。
ここから一番近くにいるのは、……やっぱり悟飯か。あいつなら充分オレを倒せる。 ここまで来るのに、……あと5分」
「読まれていたか。貴様もさすがだな。……こんなことを言う日が来るとは思わなかったが」
ピッコロはチッと舌打ちをした。
「そこまで分かっているのでは、もう話を引き伸ばすのは無理だろう。 ……戦おう、ヤムチャ。 両腕がつかえない貴様なら、オレでも何とか倒せるはずだ」
ヤムチャはその言葉を聞いて微笑し、痛みにもたつく手つきで、帯から下げた袋から何かを取り出した。
「こいつは使いたくなかったんだがな……」
驚いたピッコロがヤムチャからそれを――仙豆を取り上げようとした時には、 すでにヤムチャの両腕は力を取り戻していた。
「何年か前にカリン様から貰っておいたんだ。本当に最後の切り札だったんだがな、この仙豆は」
ヤムチャは舞空術で空へ舞い上がると、空中からピッコロを促した。
「場所を変えようぜ。まさかこんな街中で戦闘おっぱじめるわけにも行かないだろ?」
周りを見回すと、すでに空を飛ぶヤムチャを見て野次馬が集まり始めていた。 ヤムチャを指差して、警察が指名手配している殺人犯だと叫んでいるものも何人かいる。
ピッコロは神妙な面持ちでうなずくと、ヤムチャに続いて飛び去った。
「さて……。まわりに人は居なくなったし、ここならいいだろう。 悟飯が来るまで、あと3分」
町外れの荒野まで飛んでくるとヤムチャは言い、地面に降り立った。
ピッコロは無言のままマントとターバンを脱ぎ捨て、気を高め始めた。 その気の大きさを確かめると、ヤムチャは軽く頭をかいて言った。
「いや〜、今日は本当に疲れる一日になりそうだ。 悟天に続いてお前も、オレとほとんど同じ実力なんだもんな。 もっとも今度はオレの方が、ちょっぴりだけ強いみたいだが」
「貴様の本当の実力ではあるまい」
「ん? ああ、確かにそうだな。悟天と戦ってなけりゃ、オレはお前の足元にも及んでない。ところでピッコロ、お前が今やってるそれ、……界王拳、何倍だ?」
「5倍だ。 ……貴様、3分で決着をつけなければならないのだろう? 無駄口を叩いている余裕があるとは思えんが……」
「5倍、か〜。ちなみに知ってるかもしれないけど、オレはいまんとこ3倍までが限界なんだよな。 つまりお前を吸収するってことは、オレにとって単なるパワー以上の価値があるわけだ」
「貴様、オレにプレッシャーをかけようとしているな?」
ピッコロはヤムチャをにらみつけると、ニヤッと笑った。
「まともに勝つ自信がなくなったか? 吸収して手に入れた、かりそめの力だけで……」
ヤムチャは無言で笑い返すと、すばやく姿勢を低くして大地を蹴った。
「新狼牙風風拳!」
手刀、蹴り、掌打、正拳。猛スピードで繰り出される攻撃をピッコロは確実に受け止めていった。 しかしヤムチャの攻撃は止まらない。3度目の蹴りをピッコロは受け止めきれず、右腕に軽い痺れを感じた。
ピッコロは一旦距離を置いて言った。
「白兵戦、か。貴様がこんな地道な戦いを仕掛けてこようとはな。忘れちゃいないだろう? お前はあと3分で決着をつけねば、負けが決定するんだぞ」
ヤムチャは意に介した様子もなく、答えた。
「他人の心配をする余裕が、お前にあるのか? ピッコロ」
ピッコロは舌打ちをすると、攻めに転じた。
超高速の連続攻撃も、 ピッコロ自身が狼牙風風拳を受け止めたのと同じように、ヤムチャには軽く受け止められてしまう。
そしてピッコロの渾身の一撃をかわした瞬間、ヤムチャの瞳が輝いた。
それを見たピッコロは慌ててヤムチャを蹴り飛ばし、一旦距離を置く。
「そうか……。やけにのんびりした戦い方をしていると思っていたが……。 貴様、必殺技のチャンスを狙っていたのだな? チャオズが言っていた、何とかいう界王拳を無効化できる技を使おうとしているだろう」
初めて、ヤムチャが驚きの表情を見せた。
「萬國驚天掌、だ……。しかし次から次へとよく見破るな。それが分かったからといって、別に戦いの有利不利は変わらないけどな」
「いや、それが分かった以上、オレはもう貴様の間合いには入らん」
ピッコロはそういうと、地面を蹴ってヤムチャからさらに距離を置いた。
「遠距離戦か? おいおい、オレは気功波の類は吸収できるんだぜ?」
ヤムチャが両手をかざして、掌の突起を見せ付ける。
「分かっている。貴様の吸収が、自分の周り全方向をカバーできるわけではないってこともな……」
ヤムチャの表情が、さっきよりも強い驚愕の色を示した。
そしてピッコロは小さなエネルギー弾を連続で放ち、辺り一面に広げて待機させ、ヤムチャを完全に取り囲んだ。
「貴様には逃げ場が無くなったぞ……。この無数のエネルギー弾のうち、何発かは吸収されちまうだろうが……、 それより多くの弾が貴様を貫く。 貴様は人造人間ではないから、バリアーは張れない。
防御は不能だ! 死ね、ヤムチャ!」
ピッコロが腕を軽く交差させたのを合図として、あたり一面のエネルギー弾が一気にヤムチャを襲った。
絶え間ない爆発音とともに、濛々と煙が広がっていく。 しばらくして煙が引いたあと、地面にヤムチャが倒れているのをピッコロは見つけた。
気は感じない。しかし気配をコントロールしているだけかもしれない。 ピッコロは慎重にヤムチャに近づいていった。
ナメック星人の鋭敏な聴覚で様子を探る。呼吸音は、聞こえない。
「やれやれ……。やっと片付きやがったか。手強い野郎だったぜ」
ピッコロは小さく溜息をつくと、掌をヤムチャにむけて気を高め始めた。
「まさか復活はしないだろうが……。念のため、気功波で肉体を完全に消滅させる。葬式もできんが悪く思うなよ、ヤムチャ」
そしてピッコロの手からエネルギー波が放たれようとしたちょうどその瞬間、 背後から飛んできた小さなエネルギー弾がピッコロの胸を貫いた。 致命傷を負い、体から力が抜け、ピッコロは地面に倒れる。
その身体をヤムチャの右手が掴んだ。大量の気が、掌の突起からヤムチャに流れ込んで行く。
「はぁ、はぁ……。ふう……。危なかった……。ベジータの連続エネルギー波がなかったら……、 そしてそれを回転しながら放つことを思いつかなかったら……、 オレは死んでいたな」
ヤムチャは荒く息をつくと、体を起こしてピッコロを見下ろした。
「そして操気弾を地面に潜らせて、上手く不意打ちできた……。 油断したな。……ピッコロ。 ふぅ。……あんな、派手に煙が上がったんだから、 その陰に隠れて何かされるってのは予想しても良かったんじゃないか? さんざん……、プレッシャーをかけたかいがあって、焦ったようだな……。 ……ふう。呼吸が整ってきた。しかしずいぶん体力を失っちまったな……。 少し休みたいところだが、悟飯も近づいてきているし、だれかに悟空を起こされでもしたらえらいことになる。 早めにここを立ち去った方がよさそうだな」
彼は天才だった。
幼いころから町で一番体が大きく、体力に加え強敵に屈しない不屈の精神も合わせ持っていた。
そんな彼が格闘能力を見込まれて、 世界の王を護衛する名誉ある職務に抜擢されるのに、そう時間はかからなかった。
彼は慢心した。自分より強いものなどいるはずがないと油断した。
そして完膚なきまでに敗北した。
大魔王という、次元の違う強さを持った存在によって、彼は一度命を奪われたのだ。
魔王が死んだあと、不思議な力で蘇った彼は、国王に暇を願い出た。
そして世界中を放浪し、体と心を徹底的に鍛えなおした。 再びキングキャッスルに戻ったとき、彼はあの桃白白に肉薄するほどの強さを手にしていた。
今の彼には理解できる。自分の目の前にいる男が、どれだけ人間を超越した力を持っているのかを。
ピッコロ大魔王をもはるかに超えた、人類始まって以来最強の強さを持つ男と、今自分は相対している。
「今……、午後8時57分。国王は休んでおられる時間だ」
衛兵は静かに言った。
「貴様は格闘家しか狙っていないと聞くが、一応言っておく。 決して王に手を出すな」
ヤムチャは、静かにうなずいた。
衛兵は大きく息をつくと、全身を大きく震わせ、渾身の力を込めた右ストレートを放った。
ヤムチャはそれを左手で受け止めると、腕をつかんだまま跳躍して後ろに回りこんだ。 衛兵は右腕をねじ上げられた形になり、完璧に身動きが取れなくなった。
後頭部にヤムチャの手のひらが当たる。
衛兵の少ない戦闘力は、一瞬のうちに吸い尽くされ、巨体が鈍い音を立てて床に沈んだ。 しかしヤムチャは立ち尽くし、考え込んでいた。
――今、自分は何をした?
ヤムチャは自問する。すぐに答えは出た。
――ピッコロ戦で失ったエネルギーを回復するために、この男の戦闘力を吸収した。
今までヤムチャは、天下を取るという目的以外のために、人を殺してはいなかった。
今度は違う。エネルギーは二三日休めば回復する。
それが待ちきれなかったから、早く楽になりたかったから殺したのだ。
ヤムチャは深く溜息をついた。こんなことでは、いつか一般の人間も手にかけてしまうかもしれない。 それは絶対に避けなければならない。
突然サイレンが鳴り響き、ドタドタと足音が聞こえ始めた。 衛兵の巨体が倒れる音は、思ったより遠くまで届いていたらしい。気付かれたのだ。
数人の兵士がやってきて、ヤムチャにライトを浴びせた。 しかしライトの光はヤムチャの体を通り抜けた。
兵士達が残像拳のヤムチャを前に警戒している内に、本物のヤムチャはその場を離れていた。
キングキャッスルの外壁を飛び越えながら、ヤムチャはつぶやいた。
「急がなければならない……。俺の名が単なる殺人鬼へと変わってしまう前に……! 明日! すべてにカタをつける!」
ヤムチャは夜の闇へと消え去った。